干渉性散乱

放射線物理学

光子と物質の相互作用には、干渉性散乱、光電効果、コンプトン効果、電子対生成、光核反応などがあります。

これまでの記事では、光電効果コンプトン効果電子対生成について説明しました。

今回は、比較的エネルギーの低い光子で起こりやすい干渉性散乱について説明します。干渉性散乱は、レイリー散乱トムソン散乱の2つに分けられます。

この2つは同じ意味で使われる場合もありますが、厳密には想定している電子の状態が異なります。国家試験で混乱しないように、違いも整理していきましょう。

干渉性散乱とは?

干渉性散乱とは、入射した光子が原子に当たり、エネルギーを失わずに進行方向だけを変える現象です。

光子が原子に近づくと、原子内の電子が一時的に揺さぶられます。揺さぶられた電子は、入射光子と同じ振動数(波長)の電磁波を放出します。

図1 干渉性散乱の原理

干渉性散乱では、光電効果やコンプトン効果のように軌道電子が原子の外へ飛び出すことはありません。そのため、原子は電離も励起もされません

散乱の前後で光子の振動数(波長)は変化しないため、光子のエネルギーも同じになります。

厳密には原子全体がわずかに反跳するため、光子のエネルギーはほんの少しだけ小さくなります。しかし、原子は電子よりもはるかに重いため、診療放射線学ではエネルギー変化はないと考えて問題ありません。

トムソン散乱

トムソン散乱は、自由電子が電磁波によって揺さぶられ、同じ振動数の電磁波を放出する現象です。

ここでは、電子は「束縛されておらず(自由)、1個だけ存在し最初は静止している」と仮定します。

入射した電磁波によって電子が振動すると、振動する電子から新しい電磁波が放出されます。放出された電磁波の振動数は入射した電磁波と同じであるため、散乱の前後で光子のエネルギーは変化しません。

トムソン散乱の微分断面積は、次の式で表されます。

\[ \frac{d_e\sigma_{\mathrm{ω}}}{d\theta} = \frac{r_e^2}{2}\left(1+\cos^2\theta\right)2πsinθ \]

ここで、re は古典電子半径、θ は光子の散乱角を表しています。

この式から、トムソン散乱は0度と180度方向で起こりやすく、90度方向では起こりにくいことが分かります。

また、先ほどの式を0度から180度方向について積分したトムソン散乱断面積は、次のようになります。

\[ _e\sigma_{\mathrm{ω}} = \frac{8\pi}{3}r_e^2 \approx 6.65\times10^{-29}\ \mathrm{m^2} \]

トムソン散乱は、低エネルギー領域における光子と自由電子の散乱を考えるための基本となるモデルです。

レイリー散乱

実際の物質中では、1つの原子に対して複数の電子が存在していて、電子は束縛されています。

レイリー散乱は、原子に束縛された複数の電子が、入射光子に対してまとまって応答する散乱です。

それぞれの電子から放出された電磁波の振幅は重なり合います。そのため、レイリー散乱は原子全体による散乱として扱われます。

図2 レイリー散乱とトムソン散乱の違い

レイリー散乱の微分断面積は、トムソン散乱の式に原子形状因子を加えて表すことができます。

\[ \frac{d\sigma_{\mathrm{coh}}}{d\theta} = F^2(q,Z) \frac{d\sigma_{\mathrm{ω}}}{d\theta} \]

F(q,Z)は原子形状因子、qは光子が原子へ渡す運動量、Zは原子番号です。

原子形状因子は、原子内に電子がどのように分布しているか、光子のエネルギーがどれくらいか、どの角度へ散乱したかを反映する値です。

散乱角が小さい前方では、各電子が放出した波の位相がそろいやすく、互いに強め合います。一方、散乱角が大きくなる位相がずれやすく、波が互いに打ち消し合います

そのため、レイリー散乱は小さい角度の前方散乱が多いという特徴があります。

レイリー散乱とトムソン散乱の違い

レイリー散乱とトムソン散乱は、どちらも散乱前後で光子のエネルギーが変化しない弾性散乱です。

トムソン散乱レイリー散乱
対 象自由な1個の電子原子に束縛された複数の電子
考え方古典的な基本モデル実際の原子による散乱
光子のエネルギー変化しない変化しない
電離・励起起こさない起こさない
特 徴散乱角をトムソンの式で表す原子形状因子の影響を受け、
前方散乱が多い

診療放射線学の教科書では、干渉性散乱、レイリー散乱、トムソン散乱という言葉が、ほぼ同じ現象を説明するために使われることがあります。

国家試験対策としては、トムソン散乱は自由電子を仮定した基本モデル、レイリー散乱は束縛電子を含む原子全体による散乱と整理しておくと分かりやすいです。

干渉性散乱が起こりやすい条件

干渉性散乱、特にレイリー散乱は、次のような条件で起こりやすくなります。

光子のエネルギーが低い

光子のエネルギーが低いと波長が長いため、原子内の電子から放出された波の位相がそろいやすくなります。

反対に、光子のエネルギーが高くなると波長が短くなり、各電子から放出された波に位相差が生じやすくなります。その結果、互いに打ち消し合う成分が増えるため、レイリー散乱は起こりにくくなります。

原子番号が大きい物質

原子番号が大きい物質ほど、1つの原子に含まれる電子の数が多くなります。複数の電子から放出された電磁波が同じ位相で重なることで散乱の振幅が大きくなるため、レイリー散乱は高原子番号の物質で起こりやすい傾向があります。

ただし、実際の散乱確率は光子エネルギー、散乱角、電子分布を表す原子形状因子によって変化します。「どの条件でも単純にZに比例する」と覚えないように注意してください。

散乱角が小さい

レイリー散乱では、散乱角が小さいほど電子から放出された波の位相がそろいやすいため、前方へ散乱する確率が高くなります。

コンプトン効果との違い

干渉性散乱とコンプトン効果は、どちらも光子の進行方向が変化する現象です。しかし、光子から電子へのエネルギーの渡し方が異なります。

干渉性散乱コンプトン効果
散乱光子の
エネルギー
変化しない入射光子より小さくなる
散乱光子の波長変化しない長くなる
電子の放出な し反跳電子を放出
電 離起こさない起こす
依存するもの光子エネルギー、原子番号、原子形状因子光子エネルギー、電子密度

コンプトン効果では、入射光子が電子へエネルギーの一部を渡すため、反跳電子が飛び出します。その分だけ散乱光子のエネルギーは小さくなり、波長は長くなります。

一方、干渉性散乱では電子が飛び出さず、光子のエネルギーも変化しません

方向だけ変わるのが干渉性散乱、方向とエネルギーの両方が変わるのがコンプトン効果」と考えると理解しやすいです。

まとめ

  • 干渉性散乱は弾性散乱である
  • 散乱前後で光子のエネルギーと波長は変わらない
  • 光子の進行方向だけが変化する
  • 軌道電子の放出、電離、励起は起こらない
  • 低エネルギーの光子、高原子番号の物質で起こりやすい
  • レイリー散乱は前方散乱が多い
  • トムソン散乱は自由電子、レイリー散乱は束縛電子を考えた散乱である
  • コンプトン効果では反跳電子が放出され、散乱光子のエネルギーが低下する